最後のごあいさつ

最後に寂しい役目がのこっていましたが、
どうにかこうにか2年間の役目をすべて終了いたしました。
温かく見守ってくれた会員の皆さんには心より感謝申し上げます。

何もやらずに静かに職を終えるということを目標にスタートいたしましたが、その目論見は見事に破れました。もっともすべて身から出た錆び。
私がボソリと「こんなこといいね」とか「こんなことやろうか」とつぶやくと、それを聞きつけたI専務理事はじめ他の副会長さんが、「いいですね、やりましょう」と直ちに実行に移されて行きました。
その行動力たるや目を見張るものが有り、言った本人が恐ろしいほどでした。

会員同士の交流を図る機会を増やすため、年に幾度も祭りをやりました。
花見、納涼祭、芋煮会、クリスマス会、特に納涼祭は「まちなか」に出てやろうよと思いが実行されました。
もっとも、あまりにこういった機会が多すぎるので、一部の会員さんからは批判を頂戴するとことなりました。

地元信用金庫と会の提携も意外とスムーズにいきました。
「C小K業憲章制定運動」を地元から、という気持ちでした。
ここでもI専務理事やO委員長が積極的に動いてくれました。
しかし一方では、提携ローンに対して金利が高すぎるという意見や、なにより当地区が先んじて行ったことに対してフライングではないかと取られた向きもあったのは残念でした。
弁明させていただくなら、金利を高いと思われる会員さんより、高くても借りたいと思う企業さんの方が多いということ、何より「借りる」という行為を通じて、会運動の根幹にある「K営指針」の制定に多少なりともお考えいただくチャンスになるのではと思ったからです。

F島大学との交流を模索しました。
地元最高の学究機関、そこに学ぶ学生たちと交流をすることは、C小K業家にとって刺激を受けるチャンスを拡大することになると思ったからです。
産学官の動きのみならず、地元大学から地元C小K業へ根付くという流れも作ってみたかった。ましてや、学にとっては最高のわれわれが最高の研究材料にもなり得ると考えました。ギブ・アンド・テイクの関係が立派に成り立つはずです。
しかし、思ったように事は運びませんでした。
ですが、種は蒔いたつもりです。あとは太陽と水と肥し。I委員長よろしくお願いします。

K営R働、S員K育、K同K人、SがI者の関連する4委員会は、それぞれに意見交換し互いを補完し合って素晴らしい活動をしていただきました。
しかも「R使K解」を再学習するところからスタートしていただきました。
何をおいてもY副会長の尽力が、この4委員会をまとめ上げたのでしょう。
Y副会長には感謝して止みません。

忘れられないのは、K川での全国大会です。
M子さんと一緒に分科会発表者という立場で出向いたのですが、これが「D友会運動」というものを若干ながら理解するきっかけになりました。
全国から集まった会員さんには大きな刺激を受けました。
これをきっかけに、S賀D友会の当地訪問、そしてS岡への招聘、さらにはC葉さんのS賀への招聘と続いて行きます。
何より、当地区の先達が育て上げた小集団活動が、全国的にも取り上げられたことをとてもうれしく思いました。

一方では、入会や会員増強についてご批判を受けました。
誰でも良いのか、規約はどうなっているのか、辞める人を止める方が先ではないか、会の質が低下している、と。
私自身も落ち込みました。
しかし、私たちがこの地区で団体として存在を示すには(語弊が有りますが)、大きい方が良いに決まっています。
「D友会運動」は、ただ内向きに学ぶためだけのものではないはずです。
私たちの力で負の外的要因に立ち向かいそれを正していくのも「D友会運動」です。
むしろ「清」も「濁」も併せのむほどの度量のある会であってほしいと思うのが正直な私の気持ちです。これも誤解を受けそうですね。

最後に、私の軽すぎる言動が一部の会員さんを不快にさせることがあったようです。
この場を借りてお詫び申し上げます。← スミマセン。この場にいないですよね(^^;;

「会長と呼ばれることも今日明日
     寂しくもあり寂しくもなし」

Mさん告別式

昨日、Mさんの告別式に参列した。
長身で肌浅黒く、声の大きい明るい人だった。
5月に会社創立10周年の記念パーティーを開催、大勢の人がお呼ばれした。
10年にしては盛大すぎる会をいぶかる人もいたが、多くは、おそらく最後の晴れ舞台であり感謝の集いであり後継者をよろしく頼むという集まりであることをうすうす感じていた。
昨年の7月に入院。すい臓にガンが発見され闘病生活に入った。
その後入退院を繰り返しながらも、催しごとには出来る限り顔を出し、会社の仕事にも励まれた。
最後の入院、亡くなる当日の朝もいつものように元気な声で会社へモーニング・コールがあったそうだ。数時間後の電話で、M社長の旅立ちを知った社員の驚きは、察して余りある。
Mさん、享年59歳。平成18年4月19日16時15分没。

合掌