いつもよりゆっくりめに自宅を出るのがうれしいや。
天気もいいし空気もさわやかだし、なんかうれしいぞ。
行く先は病院だから、うれしいっていうのもちょっとおかしいけど、別に体調がそんなに悪いっていうわけでもないし、2ヶ月に一度、体のチェックをしてもらってお薬を処方してもらうだけ。
こんないいお天気の日に、みんなが仕事をしているのに、自分だけ違うことをしているのがうれしいのかも。
病院は、市のはずれの山の上、というか山一つ越えたところにあって、自分の家から向かうのにはふたつのルートがある。
ちょうど時間帯が通勤に重なっているので、国道を避けて別な道で向かう。
規模の大きい住宅団地のメインストリートを抜けるルートだ。
団地は丘陵地にあるので通りもアップダウンが有りゆるやかにうねっている。
両サイドには並木道が続き、気の早い葉っぱはもう散り始めているので、車が通り過ぎるとひらひら舞いあがる。
バスを2台ばかり追い抜いて、小さな谷ごしに目的の病院がどしんと構えている。
診察開始にはまだ時間があるので駐車場はがらがら。
どこに止めようか。
広い駐車場の中ほど、ヘリポートに近い所に止めよう。
ドクター・ヘリが後部ドアを開けているぞ。何か積み込んでいるようだ。
ヘリポート沿いの歩道に足を止め、金網越しに観察。
一日にどれくらい出動するんだろ。まだピカピカだな。
出動するってことは、誰か困ってる人がいるってことだから、出動しない方がいいかもね。おっと、お天気がいいからってここでいつまでも見ているわけにはいかないぞ。
駐車場に次から次に車が入ってくるし。
中央口から入って、予約確認をする機械の前に立ち診察カードを入れる。
G様、○○科、予約時間、画面に出た文字を確認して指でそこに触れるとチーっという音を立てながらレシートのような予約確認票が出てくる。お金が出てくればいいのにな。
そばに重ねてある青いクリアファイルにそれを挟み、小さなポケットに診察カードを入れて、今度は保険証の確認窓口へ。
係の女性が健康保険証の番号をキーボードで叩き、画面を一瞥して完了。
こんどは、○○科外来窓口へ向かう。
広い待合室に先客は4名。
外来受付にクリアファイルごと差し出し、長椅子によっこらしょ。
おっと、休む間もなく声がかかった。
メガネをかけた体格の良い看護師さんが向こうの方で呼んでいる。
さてと、いつものルーティンワークだ。
体重計を前に看護師さんが「えーと、身長は○○センチ、と。じゃ靴下脱いで乗って」。よいしょと。
デジタル表示が確定すると、こっちもレシートみたいな紙が出てくる。
「あんまり変わんないわね~。え~と○○キロ」
手元の表に書き込んでいくのを後ろかのぞきこみ「体重減ってるじゃないすか」。
「体重はね~。でも体脂肪が変わんない」
あ、そう。減ったと思って喜んでいたのになあ。
「はい、じゃウェスト」
メジャー片手に看護師さんニコニコ。
シャツをたくしあげてお腹を出してと、よいしょ。
「はい、おへそ回り。次、腰回りね」
測った数字をさっきの表へ書き込んいく。それをまた後ろからチェック。
「メタボはクリア! ウェスト減ってるじゃない」
ありがとうって思わず口から出てしまった。
待合室に戻ると、患者さんが何人か増えていて、自分の据わった場所にはほかの人がいる。で、別の場所によいしょっと。
座ったとたん、
「Gさん、6番にどうぞ」
かかりつけのM先生のアナウンスが頭上のスピーカーから降ってきた。
一番奥のブースが6番だ。ドアに6という数字を丸で囲んで大きく書いてある。
軽くノックしてドアを開けると、M先生がにっこり笑顔でお出迎えだ。
「どお?変ったこと無い?」
血圧計のカフを手にする。こちらも腕まくり。
「絶好調です。
でも、この2ヶ月の間に1回かな。
朝のミーティングで急に調子が悪くなって・・・」
「お薬飲むの忘れた?」
「いや、飲んだんですけどねえ。
でも、ちょっと休んだらよくなりました」
「そう、なら良かった」
M先生はホントにやさしい。
ディスプレイの電子カルテを見ながら、
「中性脂肪がまた上がったわね」
「そうなんすよ」
会社の健康診断でも高くなってて驚いた。
「コレステロールはいいとこ行ってるけどなあ。
甘いもん好き?
お酒は?」
「甘いもん大好きですねえ。
大福なんか何個でもいけちゃいます」
「それよ」
ということで、当分は甘いもんとおさらばかあ。つらいなあ。
家からおやつを排除しとかないといけないや。女房に言っとこ。
「男性はね、もともと心筋梗塞になりやすいのよ」
それって、なるかもしれないよって脅してるの?
「これで血圧が高かったらまずいけど、今んとこ低いからね。
注意しましょう」
ほかにもいろいろとご注意を受けお薬の処方をいただき次回の予約を入れてもらう。
次にM先生に会えるのは2か月後だから、12月。
その時は「良いお年を」って時期だなア。
早いもんだ。
会計を済ませて、院内のSバックスでラテのSサイズを買い求め、歩きながらちびりちびり駐車場に向かう。
ドクターヘリはまだ飛び立っていない。
後部ドアも閉まっているし人影もない。
きっと準備万端整ったんだろうな。
ヘリポートの前で飲みきり、空のカップを持って車に乗る。
さあ、ボクの体の点検も無事終わったし、こちらは今から出動だ。
エンジンキーを静かに回した。