朝宴

I切K山の噴煙も昨日は実に見事で東京からおいでになったお客様も会社の庭へ出てしばし見とれていた。目的を終えてお帰りの時刻になり「まだ早いではないですか。しばらくぶりにせっかくおいでになったのに。夜までゆっくりして酒でも飲みながら積る話をしましょうよ」というと「山が噴火して新幹線でも止まったらえらいことになりますから」というので「良いチャンスではないですか。腹を決めて温泉にでも入って一晩泊まり・・・」という話を遮って「そうはいきません。その手に乗ると後は怖いですから。ハハハ」と豪快に笑っておられた。

その噴煙も今日は姿をすっかり萎えさせて会う人ごとに「今日は昨日と違いますな」とか「傍まで行って見てくればよかった」とか昨日の素晴らしい噴煙を懐かしんでいた。
ともあれ、噴煙騒動火山騒動もこれで一件落着に違いない。

噴煙がネットのニュースに写真入りで紹介された日、つまり一昨日は定例の上京日であった。まだ朝薄暗いうちに起きだして女房に車で駅まで送らせる。日が昇らず薄暮のような状態であるのでライトをつけた方が良いと朝が早くていささか不機嫌気味の女房に伝える。そういえば昨夜は頭が痛いと自分が帰ってきた時分にはすでに布団に中に潜っていた。趣味の針仕事が高じすぎて肩がいつも凝っている。目と肩から攻められれば頭もたまったもんじゃあない。その内偏頭痛になるのは必定。
「じゃあ行ってくる」と告げて車を降り駅改札口へと向かう。少し歩いて振り向くと車は今向こうの曲がり角を曲がるところだった。どうも見送っていたらしい。それとも寝ていたか。

切符売場で東京までの往復切符を求め改札へ向かうと何やら見知った顔がこちらを見て笑っている。
「おはよう、今日はどこまで」とT尚氏が笑顔で問う。これは珍しい。駅頭では知った人によく会うがT尚氏とは思いもよらぬ。「こりゃまあ珍しい。今日はどちらまで」と問い返すと互いに「東京まで」という声がかぶさった。それじゃあいっしょに参りましょうとプラットフォームへ向かう。T尚氏は丈夫だ、階段を上る。しょうがないからこちらも階段を上る。息切れするがこちらの方が若いのでそれを悟られまいとできるだけ深く息をしてホームへ。

列車の来るまでにはまだ時間がある。T尚氏は愛煙家。ホームの中央にある金魚鉢のような喫煙室へと向かい、こちらは「じゃああちらで」と4号車乗車口付近までゆっくりと歩く。冷たい朝の空気の中を早めに着いた乗客は背中を丸め待合室の中で半分眠っているように見える。

周りにはだれもいないことを良いことに足もとに4と書いた乗車場所で足腰を屈伸して体を温めていると待合室にいた乗客たちが次々とホームへ上がってきて自分の後ろにも一人また一人と並び列ができる。こうなると運動もできないのでおとなしく列車が来るのを待っているとT尚氏登場。手元には先ほど持っていた鞄以外に白いポリ袋。

「隣の駅から見知りの人が先に乗っているから同行を」というからこちらには断る理由もないので「そうですねご一緒に」と東京まで2時間足らずの3人旅となった。
3人掛けのシートに譲り合い譲り合いしながら窓側にT尚氏、通路側にT尚氏のご友人、こちらはといえば真ん中の座席に座ることとなった。よっこいしょと座る間もなくT尚氏の友人とまずは名刺の交換を済ませるとT尚氏が座席の前のテーブルをやおら引き出した。三人の前に三つのテーブルができると、先ほど用意のポリ袋を取り出し中から出てきたのは缶ビール。それを一人に一本ずつとついでにおつまみが。
「T尚さん、まだ朝が早いですよ。それに朝食も済ませてきたし、何より今日は人と会わなければいけないのです」といえば「なに、ビールの一杯ぐらい向こうにつけば醒めてしまう。それにお茶代わりなのだから飲もう飲もう」とおっしゃる。再三再四の押し問答の末ありがたく頂戴するはめになった。
朝6時半未だきの新幹線でしかも出張時にビールを乾杯したのは過去にも無いことだった。
T尚氏とその友人との短いが楽しい朝の酒盛りだった。