案内係

「もしもし、そちらは方向が違いますよ」

食事が済んで両手にお茶わんや湯飲みを持ったお袋様が危なっかしい足取りで自分の部屋の方へ二歩三歩。

「ああ、そう」

方向を反転してトイレ方向へ。

「こちらですよ」

台所への扉を開けてやると

「あはは、すみません」と笑ってごまかす。
歩みも大分おぼつかないので、食器を下げるのはいいんだよと言ってあっても、自分でやろうとする。

ハラハラしながら見ているのは少々辛いのでありますが、それでも何か少しでも仕事をすることが今のお袋様にとっては大事だと思う。

台所で水を流す音がすると

「お母さん、それはいいよ~」とテレビを見ながら女房殿。

洗ってもらうのはいいのだが可哀そうなことに洗剤に皮膚が負けるのだ。

しばし時間をかけて椅子に戻ったお袋様、せっかく座ったばかりなのにまた立ち上がってあたりをキョロキョロ。
台所の扉に手をかけようとするので、

「もしもし、トイレはこちらですよ」
「あはは、すみません」

と言いながら一歩足を進めると、「歩行器使った方がいいんじゃないかしら」とニコニコ女房殿。
とてつもなく広いお屋敷なので、道案内が大変です。

おかえりなさい

先日の事、葬儀出席のため会社を抜け出しました。
自宅で着替えを済ませ降りしきる雪の中、隣の町まで車を走らせました。

某会での知人のお父上の告別式で、多くの参列者がお出でです。
故人学生時代の部活動後輩の方が弔辞に立たれましたが、なんと私の出身校の前身です。
まさしく大先輩。

生前故人と旅行した折に母校「青春歌」を肩を組み合い歌った思い出を訥々と述べられました。
「青春歌」は大先輩からずうっと続く母校の絆のようなものです。

春の光のうららかに
溶けて流るる阿武隈の
岸の桜の下蔭に
吹く草笛の音ものどか

いつ歌っても聞いてもいい曲です。
特に甲子園のスタンドで歌ったときは泣けました。
さて、葬儀出席を終えてすっかり圧雪となった道路を帰宅しました。
自宅の前に車を止め早く着替えを済まそうと玄関の戸に手をかけたのですが、なんと鍵がかかっています。

どうやら女房殿はお出かけのご様子。
さて困りました。

あいにく鍵を持っていません。
お袋様は在宅のようなのでチャイムを鳴らしましたが、あんまり慌てさせてけがをさせるかもしれません。
第一、お袋様が一人で留守居をするような時は、チャイムが鳴っても電話が鳴っても出なくていいからねと言ってあります。

庭の方へ回って硝子戸を開けようとしましたがここも施錠されています。
内側の障子戸が開いていて室内を覗くと、先ほどのチャイムでお袋様は案の定ウロウロしています。
ガラスをコツコツ叩くと気づいてくれたので、あのねぇ、ここの鍵開けてちょうだいと申したのですが、どうにも開けられない様子。
しょうがないので、別の硝子戸が開いているかとそちらへ回ればこちらもロックしてあります。
困りました。
雪はさらに降りつのります。
お袋様も一所懸命努力の割には鍵が開きません。

ったく。女房の奴どこへ出かけたのやら。

しようがないので硝子戸越しのお袋様に、玄関回ってと身振り手振り。
玄関の前で待つ事しばし、カチャリという音とともにようやく開きました。

仏様、神様、お袋様、ありがとうございました。
先ほど開かなかった硝子戸をあらためて見ると、開錠防止のロックがかかっており、お袋様はそれがよくわからないようでした。
あのねぇ、こうしてやるんだよと指導はいたしましたが、鍵を持って出るのが一番かもしれません。
良い教訓でした。

ほどなく帰ってきた女房殿。

もちろん言いましたとも、「おかえりなさい」と。何事もなかったように。

織田信長

雪雪雪雪雪が降る。
津軽には七つの雪が降るといいますが、信達平野には一体何種類の雪が降るのでしょう。もっとも山を越せばとてつもない雪に見舞われているところもあるのでしょうから、
心よりお見舞い申し上げます。

さてここのところ週末は家籠り。

お袋様のお相手があるので夫婦で出かけるなどということは最近ありません。
全員揃ってとはいってもこう雪が降ったのでは、お袋様に車に乗車いただくだけでも危険がいっぱい。
足をとられて転んだりしたら大変ですからね。
天気の良い時を見計らって外へ出ても、車でずいっと一回りするだけ。
何せ、高齢におわしますお袋様、胃袋の無い女房殿、精力の無い私の3人家族、毎食1合の米で間に合うのですから。

とはいえ、3人で一日ずうっと家にいるとストレスもたまります。
当然その解消が必要で、昨夜は女房殿、元チェッカーズF氏のコンサートへお出かけです。
「ご飯は6時ごろスイッチを入れてね」
「はい」
「お肉を生姜醤油に付けてあるから」
「はい」
「冷蔵庫のサラダはマヨネーズでもかけて」
「はい」
「里芋の炊いたのはチンしてね」
「はい」
「じゃ行ってきます」
「はい、いってらっしゃい」

なんとやさしいなんと従順な夫でありましょう。
1/3欠けるとさすがに寂しいものですが、最近のお袋様は一緒にTVを見ているとブラウン管の向こう側とこちら側を混在したりするので、寂しくなる暇もありません。
(すいません、家は未だアナログで頑張っています)

「あれ、赤ちゃんどこいったの」
「赤ちゃんいないでしょ家には」
「だっていたでしょう、そこに」
「いないよ、それ、さっきのコマーシャルでしょ」
「あ、そうか。そうだよね」

またしばらくして

「いやだあの人、私をじっと見てるの」
「違うでしょ。あれは織田信長。テレビだよ」

てな具合です。
それなりに大変ですがそれなりに楽しい我が家です。

雪はまだ降りやみません