福笑い

女房殿がちょっと目を離したすきにお袋様が無断散歩を強行したのは今月2日のこと。

ベッドで昼寝に及んだので、女房殿は2階でお仕事を済ませてから階下に降りてみると、ベッドはもぬけの殻。
部屋の硝子戸が開け放たれたままで、こりゃ大変と女房殿は探索開始。
幸いなことに、数軒先の凍てついた路地をスリッパ履きのまま腕にクッションを抱えたお袋様がよろついているのを発見し身柄確保。幸い大事には至りませんでした。

今回の無断散歩は徘徊と言えるのかどうかわかりませんが、とにかくこのようなことは始めてで、驚きました。
当人曰く、腕に抱えていたクッションは息子の女房殿がこしらえた大切なもの。
それを持って行った人がいるので取り返してきた。
で、警察でもいたら通報しようと探していたところだと。

何を言っているのか支離滅裂、皆目わかりません。
前後してその数日前、お袋様はMRI検査を受けたのですが、どうもその後からがいけません。体を固定されたままあの狭い空間に押しこめられ小半時も、ギーギーガンガンと異音を浴びせられ続けたのが、相当のストレスになったのでしょう。

週に二度のデイサービスでも、明らかに様子が変わり、ケアしてくださる方の男性を、息子である私と終日勘違いしていたと、知らせがありました。
無断散歩の強行以降は、帰宅願望がさらに甚だしく、

「お世話になりました」
「家に連れて行ってくれますか」

と30年来住まいした我が家が他人の家のように思い込んでいるようです。

当然、私を息子であると認識するのは、ときたま瞬間的にはそう思うらしいのですが、難しいようで、なにか自分の兄か弟のように思い込んでいます。
女房殿に向かっては、なぜか愛称で「Tちゃん」と呼ぶのですが、それも昨日今日は、あの人だったり、おかみさんだったり、はては看護士さんになったりします。

帰りたいというその家の様子を詳しく聞いてみますと、どういうわけか現在住まいする家と全く同じようで、

「あら、仏壇まで同じ、花瓶の花まで同じ、よく作ったわね。あっちの家から持って来たの?」

などという始末です。

「あのね、ここはお袋様の家だよ。お隣も親戚もみんな知っているんだよ」

と滔々と説明し、

「わかった?」

というと

「わかった」

と応えます。

でも、そのすぐ後に

「家に連れてってくれる?」

私が息子であるということも、

「私はあなたの息子ですよ」

というと、

「当たり前でしょ。だから弟でしょ」

と頓珍漢で、見当識障害も悪化の途を辿っているようです。

女房殿も私もここのところストレスMAX状態です。
しかし昨日ですが、女房殿が回避方法をひとつ編み出しました。
いつものように訳の分からぬ問答を繰り返しているうち、女房殿が突然高笑い。
どうしたんだと驚いて聞くと、

「だ~って全然わからないんだもん、ここは笑うしかないよ」

とアッハハハハハ。
すごい勢いで笑うのでお袋様までつられて大笑い。
しようがないので、こちらも負けずに大笑いしてやりました。
効き目は長続きしませんが、まあまあ気晴らしです。

さて、今夜のお袋様はいかがな塩梅か、帰宅が恐ろしいような気もしますが、孤軍奮闘の女房殿を助けてやらにゃあ。