めげるんだぜぇ~

「ただいま~」

ん?声が無いゾ。

「ただいま~」と声を上げながら茶の間へ。
お袋さま、にこにこ笑って「おかえりなさい」。
ん?いつもと様子が違うゾ、ちょっぴりホッとする。
台所でシンクに向かっている女房殿の背に向かって「ただいま」。

「おかえり」

ん?この声のトーンは、ちとご機嫌斜め?
何かあったのかしらん。
さわらぬ神にたたりなしで、そのままスルー。
ササっと着替えを済ませて、茶の間のテーブルに着くと、
お袋さま、ニコニコしながらこうおっしゃる。

「なんだろ、つまンない顔して」
「そんなことないよ」
「つまんない顔してるよ。疲れたの?」
「うん、疲れたんだよ」

と、やり取りしているうち、お袋さま台所の方をそっと指差して、

「あのね、あの人に怒られたの」

そら来たゾ。

「なんか悪いコトしたんでしょ」
「な~んにも悪いコトしてないんだけどね。
どうして怒るのかわかンない」

なんで怒ったか、こちらには察しが付く。

「そうなの。困ったね」

と話は一応打ち切り。

時計が8時30分を回ってお袋さまご就寝の時刻。
そろそろ入れ歯外して休まなきゃね。
トイレはそっちじゃないよ、こっちこっち。
ホラ歩行器を使わないと危ないよ。
それはパジャマの上着じゃないでしょう。
じゃあおやすみ、まで約20分。
電気を消すとあっという間に爆睡。

こちらから聞くともなしに女房殿から今日の出来事が怒涛の如く。

今日は病院の日だったのね。
いつもの通り、朝から家に帰る家に帰るの一点張りで、
それでも病院に連れて行ったから、その間はまあ治まっていたの。
病院は急患があったとかで時間が大幅にずれ込んでしまって、
だいぶ待ってしまったんだけど。
ようやく時間が来て診察室の中に入ったら、
お母さんえらくハキハキしていてね。
先生が「どうですか?」と聞くと即座に「大丈夫です」、
「足痛くない?」と聞くと「痛くないです」、
「歩ける?」「歩けます」っていうのよ。
思わず歩けないでしょうって言っちゃった。
そしたらどうも病院には来たくないってことらしいのね。待たされちゃったしね。
で、病院のついでに親戚の○さんのところにお中元を届けなくちゃいけなくって、
お母さんには車の中で待ってもらって、ちょっと買い物に寄ったの。
そんで戻ってきたら、私が逃げたんじゃないかと思ってえらく興奮していたの。
でもなんとかなだめて、○さんところに行って、
お母さんと一緒に上り込んでお茶をごちそうになったんだけど、
それが普通に話すのよ。
でも、ご主人をおじいちゃんと間違って話してるからご主人には申し訳なかったわ。
でね、そんなにして一日動いて家に戻ってきたら、
また帰りたい帰りたいって言うのよ。
それがどんなにしても堂々巡りなんで、暑いし、イライラするし、私言っちゃった。

「ちょっと、黙ってて」

どうやら、お袋さまが怒られたというのはこの言葉らしい。
想像していた通りだ。
しようがないよ、一日中付き合っているんだし。
堂々巡りの不毛の会話は心が疲れ、そのうち折れる。
時々吐き出した方がいい。
でも、ストレスが残るのはその言葉を吐いた自分。
強烈な自己嫌悪だけが残る。
そんなわけで女房殿はめげていたわけです。
自分に怒っていたわけです。
まあ、こうして話を聞くことがケアになるのかなあ。
自分の場合は、こうして書くことがそうなるのかもしれません。

え?
もちろん、今朝もお家に帰りたいって言ってましたよ。
土曜日になったら連れて行くからも少し泊っていてくれとお願いしておきました。

 

バーチャル別れ話

先週金曜日のこと。
職場の親睦会がまちなかの居酒屋さんで6時30分から開催されました。
5時の終業のチャイムとともに次々と社員さんが退出していきます。
じゃあおさきにと、ボクも職場を後にいったん帰宅します。

家に入ると出迎えた女房殿がしかめつらでお出迎え。

「また?」
「ちょっとこんがらかって」

金曜日はお袋さまのデイ・ケアの日です。
お袋さまの頭の中は、この日は決まってカオス状態。

「どうしたの?」
「あのね、あっちの家に帰らないと」

(…またきたよ…)

「休みの日に連れて行くからここでゆっくりしてってよ」
「でも、ずーっとここにお世話になりっぱなしでしょ。
 今日は帰らないと」
「お願いだよ。
 ゆっくりしてってよ」
「だって、向こうのTちゃんも心配してると思うの」

(Tちゃんというのはボクの女房殿のこと)

「なに言ってんだよ、
 この人がTちゃんでしょう」

(お袋さまはおどろいた顔で…)

「あら、この人もTちゃんなの。
 おんなじ名前なんだね」
「そうでしょう、この人がTちゃんなんだから」

(自分でもこんがらかってきます)

「あのねえ、この人はボクのお嫁さん!」
「あら、結婚してんの」
「そうだよ」
「いやだこと、初めて聞いたわ」

(なにがなんだかわかりません)

「じゃあどうしたの、あっちの人とは?」
「ん?
 誰?」
「あっちのTちゃんに決まってるでしょう」

(?????)

「だーかーらー、」

(この辺から声が大きくなってきます)

「だーかーらー、あっちは無いの!
 こっちだけ!」

(ここで女房殿参入。
いいから出かけなよと腕でサインを送っています。
お袋さま首をかしげながら)

「わかんないなあ。
 あんたはこの人と一緒になったんでしょう?
 だったら、あっちの人とはっきりさせなきゃいけないでしょう」

(?????)

「あっちの人ときちんと別れて来いって言ってンの?」

(もう、こっちもおかしくなっています)

「そうに決まってるでしょう」

(ここで女房殿ふたたびサイン。
今、出ないと親睦会に間に合いません)

「わかった。
 じゃ、話をつけてくるから」
「あたりまえでしょう。
 ちゃんとしないでそんな馬鹿な話しないでしょう」
「はい、わかりました。
 申し訳ありませんでした」
「ったく、お酒を飲みに行ってる場合じゃないでしょう」

途中で話がこんがらかって、
あっちの家にボクの女房殿がいるにもかかわらず、
こっちのひとと結婚するなんてとんでもない。
きちんと話をつけて一緒になりなさい。
ということになってしまいました。

しまいにはお袋さまに
申し訳ないと頭まで下げる結果と相成りました。

ああ、ややこしい。

 

お世話になりました

「ずいぶん長いことお世話になったから、
そろそろ送ってって欲しいんだけど」

朝の食卓に着くと決まってお袋さまはこうおっしゃる。
これを正攻法で、

「お家はここだけだからね。
帰る場所は無いんだよ」

と応えると、大変なことになります。

「そんなことないでしょう。
だって、長いこと留守にしてるから
あっちの家でも心配してると思うの」

これから先は話が堂々巡り。
お袋さまのいう『あっちの家』は、自分の生まれた家。
市中心部にある小さな山の少し上ったあたりにありました。
その家も20年ほど前に壊され影も形もありません。
跡地は、市の公園になっています。
第一、お袋さまがその家で起居していたのは結婚する22歳まで。
その後、嫁ぎ先では数度転居を繰り返し、
今の家にはかれこれ35年近く住まいしています。
お袋さまの住まいの記憶はどうも嫁ぐまでしかないようです。

で、最近ではこんな風に応えています。

「ずいぶん長いことお世話になったから、
そろそろ送ってって欲しいんだけど」
「そうだねえ、今度のお休みに連れてってあげるよ。
申し訳ないけど、それまでここでゆっくりしていてよ」

5分ぐらいはこれで持ちます。
5分経つと同じことの繰り返し。
少しまいっています。