例の会

我が所属する団体では毎月一度ゲストをお呼びするなどして、地区『全会員』が一同に会して勉強する会を開催する。所属する団体ではこの会を『例会』と呼ぶ。
さて、我が地区は400名を超える会勢を県下にも誇っている。
その地区会員すべてが『例会』に参加するとなるとこれはもう大変な事態となる。
ご想像いただけるであろうか、400名を超す方々が毎月一堂に会する様子を。

また、これの段取りをする人、受付をする人、はてはレジュメ作成印刷など、携わる人々の労力、ご努力は計り知れない。
そんな訳だから、全員参加『例会』は出席を辞退する思いやりのある会員たちがいることで初めて『適当なサイズ』となるのだ。ありがとう諸氏よw

昨夜がその『例会』。
並べられた椅子は80余り。
実に清々しく潔い出席人数だ。
しかも、昨夜のゲストは所属する団体の上部組織の上の上、神様みたいな人なのであるから。

『例会』の基本となる進行方法はこんな具合だ。

1.『3つの目的』唱和 … 我が団体の理念を司会から名指された会員の先導で参加者全員大きな声で唱和する。

2.会長あいさつ … ここは会長の腕の見せ所だ。何しろ定刻とはいえ会員諸氏はまだ数えるしかいない。もう少し会員が集まるまで、会場の様子を見ながら会長は自在に話しの「尺」を変えるのだ。

3.入会式 … 前月理事会で承認された新入会員さんたちに壇上で会長から入会証とバッジが手渡される。新入会員にとっては緊張の場面だ。ひとりずつ自己紹介をする。

これ以降が本編に入る。

通常は、ゲスト入場、ゲストのプロフィール紹介、ゲストの経営体験報告、テーブル討議(報告をもとに参加者が7~8人ずつ幾つかのテーブルに別れ討議する)、テーブル発表(それぞれのテーブルで話し合われたこと、自分自身の感想などを数分で発表し、会場全体、報告者本人にフィードバックする)、質問回答と補足報告(ゲストが、予め会場から集められた質問やテーブル発表で出た質問に回答、補足があればそれを行う)。

ま、この後、謝辞謝礼があって連絡事項、その後閉会となり、場所を移して懇親会。
はぁ~、疲れた。
これが普通の『例会』の進行だ。

で、昨夜はこの中でテーブルでの討論が無かった。いわゆる講演会形式で、ゲストに時間を気にせずきちんと話していただこうという趣旨。

神様、失礼、A石前会長が登壇した。

・・・・・・。

手元配布のレジュメとはずいぶん離れたところからお話が始まった。

・・・どうも会場の反応は鈍い・・・ヒゲの会員はツイッターで面白くないなんて呟いているし・・・会場出たり入ったりするなよ、携帯片手に。

講演時間の半分を過ぎたが、未だレジュメの方には戻ってこない。

全国大会で幾度となくお話を聞いている方なので、何となく分かる。話が少々長い。本題からずれていく。まあこれは愛らしいという意味で申し上げておるのですが、A石前会長、ゴメンナサイ。

前半のお話はおおよそこうだ。

A石前会長の少年期から青年期は、世の中の価値判断がとてつもない変化をした。開戦、戦時下、終戦、戦後復興、その時の流れの中で貨幣価値は変わりイデオロギーは変わり、人の生活も大きく変化した。そのような時代をつぶさに体験しながらA石前会長は経営者への道のりを否応なく歩み始めた。
彼の様々な経験から言えば、100年に一度の不況というのはまるっきり嘘だという。
戦後の傾斜生産方式もそうだし、オイルショックの時もそうだ。かてて加えて労働運動もハンパでは無かった。そのために何人もの仲間の経営者が消え、あるいはそういう中でも生き残りを果たした経営者も沢山いる。

前半はこんな話、で、後半。

そんな時に出会った団体。我が所属する団体の前身、現在とは名前も少し違う。もちろん参加会員数も極少数。教えられた、鍛えられた。
60年代から70年代にかけて、団体には産みの苦しみがあった。中小企業の経営者たちが「労使」関係の在り方についてとことん話し合い、そして作り上げた『中小企業における労使関係の見解』。
今では団体に所属する者にとってそれは大きな柱となり「良い会社」「良い経営者」「良い経営環境」づくりを目指すものの指針となっている。
A石前会長には、その成立過程にいた当事者として淡々と語っていただいた。

そしてお話の終盤は我が所属する団体のもうひとつの大きな考え方、「自主」「民主」「連帯」について時間を割かれた。私達が考えていた自主・民主・連帯の意味を、「人間尊重」という観点から解釈しお話いただいた。なるほどと得心がいき、今までの考え方が間違っていたんではないかと思うほどだった。

長時間にわたるお話をいただき、出だしは少しばかり心配したものの終えてみれば、良いお話が聞けたと満足が残った。
帰り際、会場を去る参加者が「すごいよね。なんでこういう話を聞けなかったんだろう。自分たちの会はこういう会だったんだ」と話してくれたのが印象に残った。
やはり、組織にとってその歴史は語られなければならない。
創設して40年を超える我が所属する団体の草創期メンバーは今では残り少なくなりつつある。生の話を聴くことができるのは今のうちだ。

ありがとうございました、A石前会長。

そんな訳で、でもないが、その後、市内某所で開かれた懇親会に参加した。
今年は昨年ほど忘年会のお呼びがかからないし(FMDからもかからなかったorz)ちと一杯やりたい気持ちでもあったのでw
ついでに2次会まで行ってしまった。

蛇足:C葉さんが神楽坂のお詫び(?)に飯坂へ我々(ボク+数名)を招待してくれると言ったような言わないような・・・。

例の会」への2件のフィードバック

  1. 終盤いい話が伺えたのですね?
    Twitterでつぶやいた通り…
    受付に荷物やお金が置きっぱなしになっていて事務局が戻ってくる気配がなかったので受付の番をしていました。
    拝聴したかった。残念です。

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